有限会社いっぱいいっぱい社長 村西宏幸氏に聞く

市場淘汰の激しい飲食業界で、M&Aにより躍進を続ける企業がある。
M&Aを成功に導く秘訣は何か?
佐藤こうぞうフードスタジアム編集長とM&A専門家 中原陸の2人が、今注目の飲食企業に乗り込み、M&A戦略の本質に迫る。

30代で業態の1つを売却!病気を機に身軽になって再出発

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25歳という若さで会社員から独立して飲食店経営に乗り出した村西宏幸氏は、今38歳。居酒屋「いっぱい2」を始めとする数種の業態の飲食店チェーンを京都で経営する。

その村西氏が2011年7月、「いっぱい2」のFC加盟契約4件を、飲食関連事業を幅広く手掛ける企業へ売却した。まだ若い村西氏はどのような考えで売却に踏み切ったのか?そこに迷いや不安はなかったのか?

そして売却後、将来についてどんな思いを抱いているのか?

発泡酒1杯181円で「いっぱい2」ヒット

佐藤 村西さんは今、38歳ですか。若いですね。飲食業の経営を始めたのはいつだったんですか?
村西 25歳のときです。当時は大手の酒販売会社に勤めていて、勤めながら人を使って店を始めたんです。副業ですね。

中原 出店関係だけですか?
村西 そうです。酒の営業で飲食店を回っているうちに、自分でもやりたいなあと。それに、酒を安く仕入れる仕組みが分かっていましたから(笑)。
その頃、京都には立ち飲み屋がなかったんで、いけるのではないかと。1カ月後には2軒目も出して、その気になったんです(笑)。ところが、これがダメ。京都ではまだ立ち飲みの文化が受け入れてもらえなかった。それで、立ち飲みをスタンドスタイルに変えた。そうしたら、そこそこ当たってくれました。

佐藤 なるほど。それで得た資金をもとに居酒屋の「いっぱい2」を始めたわけですね?
村西 いや、そのあとに失敗をしてしまいました。大手チェーン店で閉めるという店舗の出物があって、勝負に打って出たんです。

中原 大手の店だとすると、結構広かったのでは?
村西 40坪くらいありましたね。毎月200万円の赤字。これはもう副業のレベルではないと、退職したんです。しかも、そんな困った状態なのに、もう1軒やらないかという話が舞い込んできた。聞くと、保証金が非常に安い。それならと、そっちも始めたんです。しかし、苦しさは変わりません。当然ですよね。女房には叱られました(笑)。

佐藤 では、何が起死回生になったんですか?
村西 発泡酒1杯を語呂合わせで「181(いっぱい)円」にしたのが受けました。2004年当時、発泡酒はあまり使われなくて、生ビール1杯300円が相場でしたからね。安くできたのは保証金が安かったから。それがひとつ。
もうひとつには、折り込み広告の効率がよかったんです。1年足らずの間に5店舗に増やしたんですが、それらの店が半径2キロ以内に集まっていました。それぞれの店を「いっぱい2」に安く改装していって軌道に乗った。そんな感じです。

佐藤 そうすると、今日までに「いっぱい2」は何店舗が最高ですか?
村西 直営店が16店です。「いっぱい2」の看板をあげてから3年後でした。

佐藤 FCは?
村西 一番多いときで10軒です。

中原 個人経営からの出発としてはものすごいスピードですね。その分、店によっては撤退も早かったんですか?
村西 利益を出すにしても撤退を決断するにしても、初期投資が少ないほど有利。それがポイントだと思います。
実は「いっぱい2」とは別に、大金を掛けて生簀料理屋を出したら、大怪我。懲りました(笑)。それ以来、ある程度の利益を確保したら、深追いはしないと決めています。3カ月間、売り上げが横ばいなら撤退を考え始めますね。

半信半疑でM&Aの話を聞いた

佐藤 撤退ということは閉店ですよね。閉店ではなく売却するという考え方はしなかったんですか?
村西 「店を売る」とは思いませんでした。売り上げが横ばいからダウン傾向になっている「あかん店」を売ってしまって、あとから信用を落とすようなことになっては困ります。それに、そもそもが、私のところが経営するような小さい店を買う会社があるとは思ってもいませんでした。

佐藤 それなのに、今回は売却という方法を取った。どうしてですか?
村西 理由は簡単です。銀行の借り入れとかリースの残債とか、借金を整理したかった。では、なぜ急に借金を清算しようと思ったのかというと、実はくも膜下出血で死にかけたからです。私に何かあったら、家族はどうなるのかと真剣に考えた。そして、とりあえず身軽になっておこう。それには、店の経営権を売ろうと。

佐藤 しかし売れるとは思っていなかった。それで、具体的にはどうしたんですか?
中原 「フースタM&A」へご連絡をいただいたんです。
佐藤 話を聞いてみて、どんな印象でしたか?
村西 「売却の可能性は十分ある」とのことでしたが、私には正直、半信半疑でした(笑)。

中原 当社には飲食業界M&Aネットワークがありますから、対応は速いですよ。まあ、そうはいっても、村西社長のケースは極めてスピーディーにまとまった典型例ですね。着手から完了まで、わずか2カ月弱でしたから。
佐藤 話がまとまるのも早かったというのは、縁もあったんでしょうね。
村西 最初はいろいろ質問しましたよ。先方のような大手企業がなぜ、うちのような小さい会社の店を買いたいのかとか。業態が違うのにどうしてとか。FC店への指導はどんなふうかとか。そうやって気掛かりな点をひとつずつつぶしていった感じですね。

中原 そういう確認作業は1週間程度でしたかね。
佐藤 で最後に、売却金額のほうは?
村西 満足できるものでした。

佐藤 契約書類の作成は面倒ではなかったですか?
村西 中原さんの会社がプロの仕事をしてくれましたから、特に煩わしさは感じませんでした。

佐藤 そうでしたか。何から何までうまくいきましたね。
村西 こういうM&Aのコーディネーターがいるということを広く世間に知らせるべきだと思いましたね。
というのは、それなりに利益の出ている店をやめたいと思っている経営者がいるからなんです。たとえば、高齢になってもうそろそろリタイアしたいといったケース。やめようにも、まとまった資金がいるからやめられず、仕方なく続けている。しかし、もし店が売れたら、みんながハッピーになる。社会的な役割が大きいと思います。

売却金で借金返済 不安が消えた!

佐藤 「いっぱい2」を売却して2カ月少々が過ぎました。どんな心境ですか?
村西 不安がなくなったというのが率直なところですね。借入金やリース残債のほとんどが売却金で返済できました。これなら、私の身に何かあったとしても、家族は既存店の利益で生活できます。そう考えると精神的にも楽になって、自然と力が湧いてきます。

中原 「雷屋(いかずちや)」を育てるほうに集中できるのでは?
佐藤 「雷屋」というのは、どんな業態ですか?
村西 舞鶴直送の鮮魚、名古屋コーチン、京野菜を売り物にしている居酒屋です。発泡酒が199円。100分の飲み放題が千円。内装費をセーブしていますから、原価率は35%くらいでやれます。

佐藤 大したものですね。
村西 客単価2,500円で毎週来ていただく。そういう狙いの店です。

佐藤 売却後に残った店は何軒あるんですか?
村西 「雷屋」など8軒。そのうち2軒はFCです。今年中に「雷屋」をもう1軒出す計画を立てています。

中原 身軽になった分、1つの業態に集中しやすいのではありませんか?
村西 それは感じますね。

佐藤 完全に健康を取り戻して再び全力でチャレンジできる条件が整ったと?
村西 そういうことですね。

佐藤 今回の店舗売却は良いこと尽くしですね。頑張って新しいことをしてください。
中原 私も期待しています。

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佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』の編集者生活を経て独立。飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、編集長をつとめる。
『東京カレンダー』編集顧問を経て、業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を立ち上げ、編集長をつとめる。
中原陸
インクグロウ株式会社事業戦略部マネージャー。
慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社ベンチャー・リンクに入社し、様々な法人向け商材の営業やコンサルティングに従事。
2011 年にグループより独立したインクグロウに転籍。飲食業M&Aを得意領域とし、零細企業から中堅企業まで幅広く事業承継を支援する。