ドンピエール創業者・顧問  武井秀夫氏に聞く

市場淘汰の激しい飲食業界で、M & A により躍進を続ける企業がある。
M&A を成功に導くには秘訣は何か?
佐藤こうぞうフードスタジアム編集長とM&A 専門家、照井久雄の2人が、今注目の飲食企業に乗り込み、M&A 戦略の本質に迫る

老舗フレンチレストランを売却、共同経営者の死去により事業を他の会社に託すことに

s_photo4 (1)

武井氏が料理に興味を持ったのは学生時代。意外にも画家、ロートレックがきっかけだった。しかし、料理人を目指すには遅すぎた。そこで、新たに興味を持つようになったのが「給仕」の世界。フランスに渡って勉強した後、仲間と一緒に一流の給仕を提供するフレンチレストランを立ち上げた。

以来、約30年、武井氏の店は有名人も通う名店として知られる存在になった。ところが、創業メンバーの1人が突然の他界。従業員のことを考えた武井氏は会社の売却を決意する。有名店だけあって、買いたいという企業は多数あった。ところが、なかなか決まらない。いったい、障害になったものとは?

 

 

 

 

ロートレックがきっかけで料理の世界に興味を持つ

佐藤 どんなきっかけで飲食の世界に入ったのですか。

武井 大学時代、美術サークルに入っていたのですが、そこにロートレックの料理本があったんですね。ロートレックは画家として有名ですが、希代の美食家であり名料理人でもありました。それで料理に興味を持つようになり、有名店に食べに行ったり、下宿に友達を呼んで作って食べさせたりといったことをしていました。

最初は定年後にレストランでも開けたらいいなくらいに思っていました。ところが調べるうちに料理の世界はそんなに甘いものではないということが分かって、すぐに始めなくてはならないと思うようになりました。それで、銀座の老舗フレンチレストランの「レカン」にアルバイトとして入れてもらったのです。

照井 レカンには調理スタッフとしてですか?

武井 いいえ。その頃の料理人というのは、中学や高校を出てすぐに修業するのが当たり前。私はすでに20歳を超えていましたから、給仕の仕事をさせてもらうことになったんです。ところが、給仕は給仕で奥が深い。フレンチレストランの給仕人をギャルソンと言いますが、ギャルソンは一般的な給仕業務だけでなく、個々のお客様の趣向に合わせた最適なサービスを提供することが求められる専門職です。もちろん料理やワインに関する知識は必須です。やればやるほどこの仕事に興味が湧いてきて、大学卒業と同時にフランスに渡り、星付きの料理店で学びました。

佐藤 フランスには何年?

武井 2年くらいです。その後、日本に戻ってきてしばらくして、レカン時代の先輩給仕、明永(ルビ・あけなが)正範からサービス主体の店を一緒にやらないかと誘われました。同じく先輩給仕の松本裕司らで立ち上げた会社が株式会社ピエール エペリニィヨン(AMT)です。その2年後、新規事業などを扱う株式会社ピーアンドピーも設立しました。

佐藤 そして1984年に銀座で「ペリニィヨン」を出店されましたね。

武井 はい。ペリニィヨンとドンピエールです。2階のペリニィヨンは洋食も出すフレンチの店で、どちらかという接待向け。1階のドンピエールはもう少し気軽に入れる店としました。

照井 ペリニィヨンには、上場企業の社長、政治家、芸能人など、相当有名な方々がお客様としてきていたようですね。

武井 何の後ろ盾もない若者が頑張っているということで可愛がってくださったんだと思います。

照井 その後、店舗を増やしていったわけですね。

武井 はい。ただし、ウチから売り込みにいくということはしませんでした。ビルのオーナーさんから頼まれて出店するという形がほとんどでした。振り返ってみると、あまり良くなかったと思います。計画的に出店してこなかったわけですからね。形こそ株式会社ですが、いわば家族経営のようなものだったということでしょう。会社設立から約30年、よくもったと思います。

 

共同経営者の死去により会社売却を決意

佐藤 今回、AMTとピーアンドピーの2社とも売却されたわけですが、理由は何だったのでしょうか。

武井 先程お話しした明永が病気で亡くなった(2013年7月)のが一番大きい理由です。二番目が新規店舗の撤退です。私と松本の2人になってしまい、話し合った結果、より優れた経営者に引き継いでもらう形がいいんじゃないかということになった。

他には、昔のように単純に料理人が独立して成功するという時代ではなくなってきたということも理由の一つです。従業員の多くは、この会社に残りたい、この会社で一緒にやっていきたいと考えているようでしたので、「この会社を畳むので、みんなそれぞれ独立してください」というわけにもいかない。やはり、新しい方に引き継いでもらった方がいいと思ったわけです。

佐藤 それでM&Aで会社を売却しようとされたわけですね。

武井 最初は、知り合いにお願いしたんです。すると、買いたいというところが何社も出てきて、これは比較的簡単に決まるのかなと思いました。ところが、いざ話してみると先方の要望は、特定の店だけ欲しいなど、我々が考えているのとは違って難航しました。M&Aに当たって一番に考えたのは従業員のことです。今までと同じように働けることを保障してもらわないと、売ることはできません。そのためには、店舗ではなく会社ごと引き継いでいただくことが、私の希望でした。

やはり専門の会社に入ってもらった方がとよい思い、インクグロウさんにお願いすることにしたのです。

照井 最初にお会いしたのが1年半前くらいですね。そして1年前くらいに一緒にやりましょうということになりました。

 

労務関連の事柄を整備して売却へ

武井 そうですね。そこから、会社を整えなくてはならず、結構時間がかかりました。

佐藤 会社を整えるというのは財務面での見直しが必要だったということですか。

武井 それもありましたが、それ以上に労務関連の整備が必要でした。今の時代、たとえば、残業が多かったりすると隠れた負債のように見られるんですね。

佐藤 シフトの見直しなどをしたわけですか。

武井 そうです。今までは社員だけで店を回していたんですが、それでは、どうしても勤務時間が長くなります。アルバイトを入れて対応する必要がありました。他には福利厚生の整備ですね。私にとって今回のM&Aは求められている会社の姿や経営の在り方を改めて考える、良い機会になりました。

佐藤 それで、最終的に株式会社フードピット(横浜市)に売却されたわけですね。フードピットさんは厨房設備などを扱っている企業です。老舗フレンチとの組み合わせ、面白いですね。

ところで、売却して辞められた従業員の方はいらっしゃるんですか。

武井 店長シェフ含めほとんどは残っています。人事異動はありましたが、混乱が起きるようなことはなかったですね。今は、原価率を下げるなど数字の見直しを専門スタッフの方が入ってやっています。これまでもやらなかったわけではないんですが、私たちができなかったことをやってもらっているという感じです。

残った従業員にとっては現代の飲食ビジネスを学ぶよい機会になっていると思います。いろいろと絞ったなかで売り上げや収益性をどう拡大していくかが次の課題になりますが、それもやってくれると思います。

佐藤 武井さんは、今後、どうされるんですか。

武井 顧問の肩書きで残ってはいますが、現場で口を出すことはありません。見守っているという感じですね。実は実家のある茨城で6年前から介護事業を始めていまして、今はそちらがメインになっています。

また、一緒にやってきた松本は役員を外れて現場に入りました。もともと極めて優秀な給仕でありソムリエをやっていましたので、現場が一番あっているようです。

佐藤 チェーン店のM&Aはよくあるんですが、今回のような高級フレンチのM&Aは希な例です。インクグロウさんとの仕事はどうでしたか。

武井 満足しています。専門家にお任せしてよかったと思います。これは飲食業界全般に言えることだと思いますが、先にお話した労務関連の事柄など、未整備なところが多いと思います。間に入って調整してくれる専門家の存在は大きいです。売り手と買い手で、対立する部分は絶対にありますからね。

照井 これから、また会社は発展しそうですね。

武井 ブランド的にもっと強く大きくなっていくのではないかと期待しています。

佐藤 私も期待しています。本日はありがとうございました。

s_photo5

 

 

佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』の編集者生活を経て独立。飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、編集長をつとめる。
『東京カレンダー』編集顧問を経て、業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を立ち上げ、編集長をつとめる。
照井久雄
経営コンサルタントとして提携フランチャイズ本部の立ち上げをした後、証券会社にて公開引受業務や中堅中小企業の資金調達の支援を行う。その後、中小企業を中心としたM&A 業務に従事。
2013 年、インクグロウに入社、M&A担当部門の取締役として中小企業のM&A 支援を行っている。中小企業診断士。